Sunday, April 16, 2023

だいちゃんとようこちゃん、「宇都宮の軌跡」を巡る。(文化財および名所・旧跡編 その6)

 「宇都宮の軌跡」の看板を探すプロジェクト(文化財および名所・旧跡編 その6)。
 いよいよ佳境、最終回です。これまで、「まとめ看板」を基に探していたけれど、ダブってるところが多いなって思っていました。
 東武駅前バス停のとこにあるこの看板に載ってる名所・旧跡も、全て紹介済みだったし(^^;)。
 でもね、あちこち歩いている内に、「まとめ看板」に載っていない名所・旧跡があることが分かったんです。最終回は、つまり、自力で探した(一部教えてもらった所もあるけれど)名所・旧跡を紹介します。

 ※このプロジェクト、歩いて探すことをルールとしてます。(^^)。
 ※写真は、ぼくが撮ってます。説明の文章は、看板に書いてあるものを写しています。何か不都合がありましたら、ご連絡ください。

1 和尚塚
 この塚は、享保9年(1724)、良訓和尚の二百年忌の供養のために築かれました。
 和尚は、宇都宮16代城主正綱の弟、戸祭備中高定のことですが、のちに出家して雪江良訓と名乗り、八幡山の西側に祥雲寺を開きました。
 塚は、昭和8年(1933)、納骨堂を建てるため上面をかなりけずり取りましたが、基礎の部分はほぼ元の形を残しています。
 ここは、LE METROのマスターに教えてもらいました。
 位置情報:36.5715389,139.8651278

2 旧陸軍地下司令部跡
 太平洋戦争末期の1945(昭和20年)、陸軍は空襲と本土決戦に備え、この地に地下司令部を建設していました。6月中旬から約2か月間で、総延長721mにおよぶ横穴を掘り上げました。完成前に終戦となり、実際に使用されることはありませんでしたが、戦争の悲惨さと平和の大切さを語り継ぐものとして、現在もその姿をとどめています。
 この看板は、なぜか修繕されず、色褪せたままでした。忘れられてしまったのかな?
 位置情報:36.5711111,139.8875444

3 明神の井
 宇都宮は、地形の関係で湧き水が多く、江戸時代の人々は、主な湧き水を七つ選んで「七水」、これとあわせて「七木」「八河原」などを選んで名所としました。
 この「明神の井」は七水の一つで、明治天皇がおいでになったときにさしあげた、茶湯に使われました。また、この水を使うと書道が上達するという言い伝えが残っています。
 今でも、清らかな水がくみ上げられています。
 ここ、二荒山神社にありながら、なぜか「まとめ看板」に載っていませんでした。
 位置情報:36.5623583,139.8856806

4 上河原通り
 この上河原通りは、江戸時代には江戸と陸奥国を結ぶ奥州街道の一部でした。
 陸奥国へいたる道は、古くからありましたが、中世には「奥大道」と呼ばれ、現在の不動前から下河原をとおり、この付近を通過していたと思われます。源頼朝が奥州藤原氏を攻めるときにも通ったといわれています。
 江戸時代には、本多正純による街道の付け替えの結果、伝馬町で日光街道と分かれ、現在の市街地を貫く道となりました。正式に奥州街道(奥州道中)と呼ばれるのはこの頃からで、奥州諸藩の参勤交代でにぎわいました。
 上河原通りという名称は、昭和61年(1986年)市制施行90周年を記念する道路愛称事業の中で、江戸時代から続く初市の場所として市民に親しまれている旧町名「上河原」を、通りの愛称としたものです。
 通りの名前に看板があるなら、他にもあるのかもしれないですね(^^;)。
 位置情報:36.5608972,139.8941639

5 大手門跡
 この付近には、宇都宮城の表の入口である大手門がありました。かつて大手門は、明神馬場の御橋の南西にありましたが、元和6年(1620)、宇都宮城主となった本多正純が城下町の整備を行ったときに、古い堀を埋め、この付近に大手門を移しました。
 宇都宮城にも大手門があったはずだと思ってウロウロしていたら、よく通るこの場所に看板を発見しました。
 位置情報:36.560325,139.8830111

6 日本聖公会宇都宮聖ヨハネ教会礼拝堂
 この建物は、鉄筋コンクリート造りであるが、外側に大谷石を張っている。室内は柔らかな曲線をもつ梁を用い、質素な中にも高貴さを感じさせる。
 昭和8年(1933)に建てられたが、戦災をまぬがれ、長方形の礼拝堂に四角い鐘塔を立てた姿は、建設当時の状態を今に伝えている。
 設計者の上林敬吉は、J.M.ガーディナー(明治時代の建築家・教育者)の影響を受けたといわれている。
 ここは、偶然発見できました。とっても、うれしかったです。
 位置情報:36.5660389,139.8706667

7 カトリック松が峰教会
 この建物は、本格的なロマネスク様式(11~12世紀に西ヨーロッパに広まった美術・建築様式)に基づいた教会堂で、現在わが国に残る最大の大谷石建造物である。設計者は、スイス人建築家Mx.ヒンデル(函館のトラピスチヌ修道院を設計)である。
 本教会の創立者カディヤック神父は、教会堂建築のために資金を集め、昭和7年(1932)11月に完成した。教会のアンジェラスの鐘は、第二次世界大戦中の金属回収によって供出され、現在のものは昭和57年(1982)に鋳造されたものである。
 大イチョウと並び、宇都宮のシンボルと言ってもいいですよね。とっても立派な教会で、宇都宮で好きな場所の一つです。
 位置情報:36.5584833,139.8815778

 以上、1月から「宇都宮の軌跡」を巡ってみました。宇都宮の歴史を少しだけかもしれないけど、知ることができて本当に良かったです。
 それと、「ここにも「宇都宮の軌跡」の看板があるよ」なんて情報もお待ちしています。

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